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まるまるこふこふ

数々の次元が崩壊し、全ての生命が塵と化すのを見てきた。私ほどの闇の心の持ち主でも、そこには何の喜びも無かった。

果たしてオタクは萌えキャラと同じ次元で生きることを望むか

こんにちわ。さいちゃんです。

この前、Oculus Riftを触りました。
Oculus Rift とはアレです。ヘッドマウントディスプレイを装着すると
バーチャリアリティ(VR)が体験できるスゴイやつです。


初めてのVR体験をしてきました。ヘッドマウントディスプレイを装着すると、
目の前に初音ミクがおり、僕は彼女と握手をしてきました。

VRで自分の嫁キャラに会うと、人は以下のような反応をするらしいです。(女性向けの反応ですが)

bvillage.hatenablog.com


僕は(男性ですが)どうだったでしょうか。僕は自分の中に感じる失望に戸惑いを覚えていました。

僕は萌えキャラに対して誤解をしていた。

自分の大好きな萌えキャラが三次元に現れることは嬉しい。どのオタクでも思ってることです。
僕もなんとなくそう思っていました。

しかし、果たしてそれは本当に僕の望みだったのでしょうか。オタクというキャラクターがテンプレート化し、そのテンプレートの中に「オタクは萌えキャラがパソコンから出てきて、三次元に存在する事は嬉しい」という項目があると思います。僕はそのテンプレートに沿って、自分も萌えキャラが立体化することは嬉しいと信じ込まされていたのではないでしょうか。

現実世界の代替物としての萌えキャラ。萌えキャラとして差別化された萌えキャラ

00年代まで、萌えキャラは三次元女性の代替物でした。オタク達は積極的に二次元と三次元を比較し、二次元の優位性をアピールしていました。二次元と三次元は対立するものだったのです。「◯◯ちゃんと結婚したい」という言葉は、文字通り◯◯ちゃんと結婚したいというオタクの純粋な欲求でした

00年代以降、それは萌えキャラが萌えキャラとしてのアイデンティティを確立した時期でした。萌えキャラは三次元とはまた別の魅力を持つものとして受け入れられました。萌えキャラには、様々な性格や見た目を付与され、オタク達の二次創作によって萌えキャラに対する多様な物語が紡がれました。この時期の「○○ちゃんと結婚したい」という言葉は、自分とその伴侶の○○ちゃんによって新しく発生する様々な物語を、二次創作的に自分の頭の中で楽しみたいという欲求でした。

僕は既に萌えキャラが三次元に出てくることを求めてなかった

僕が萌えキャラに求めたのは、先程述べた00年代以降のオタクの価値観、つまり自分の感性を刺激する魅力的な記号、そしてそこから紡がれる多数の物語でした。Oculus Riftを通して出会った初音ミクは、何も物語を持っていません。彼女はVR上に存在する理由を持たず、また私やその他の人間と何の関係もありません。この三次元で起こりうる事象と何の接点も持たず、ただ翡翠色の髪や、ミニスカート、ニーソックスといった初音ミクらしい記号を持ってその場に佇むだけなのです。

Oculus Rift × 萌えキャラ」は失敗なのか

上記の事象が私の中で起こったことは、VRと二次元の相性の悪さを示すことなのでしょうか。
いえ、そうではなく、VR上の初音ミクに物語が付随していなかった事が問題だったのだと思います。

先程も述べたとおり、00年代以降のオタクは、萌えキャラに対して物語を求めます。初音ミクと握手ができる?それはどういった経緯での握手なのでしょう。あなたがプロデューサーで今日は初音ミクと初めて顔合わせをした日、これから一緒に頑張っていこうという親睦のための握手なのでしょうか。初音ミクと添い寝ができる?それは今後どういった物語を生むのでしょう。互いに精神的充足を満たしあう恋人関係が続くのでしょうか。それとも一夜限りの関係で明日からはただのプロデューサーとボーカルの関係が続くのでしょうか。

少なくとも僕は、ただ初音ミクが三次元世界に現れるだけでなく、彼女に物語がついていることを望みます。
僕も一介のエンジニアなので、そうした体験をオタクに提供できるよう、努力したいと思います。